2013年11月23日土曜日
物に囲まれた生活
息子は週1回、合気道に通うようになり、その間の1時間、カーチャンは駅前スーパーで買い物をしたり、図書館で本や新聞を読んだり、あるいは食べそこねた夕飯を食べたりします。
先日、図書館で適当に本をみつくろっていましたら、写真のような目次の子育て本を見つけました。
「消費社会の愛情表現は買うことですか?」
「恵まれている子は満足を知らない」
「ごほうびは、(物ではなくて)褒める言葉を」
「わが子に我慢を教えた美智子妃殿下」
…。
自分がここで普段、子どもが何々を喜ぶ、などと書いて、おねだりのリクエストをしてきたことが、とても恥ずかしくなりました。
もちろん、祖父母が孫に何か買ってあげたいと思う気持ちが悪いわけがなく、それは別として単純に、物がたくさんあるということが子どもにとっていいかどうか、と考えたら、やはりよくはないのです。
母「入れる場所、置く場所がないから、もう遊んでないオモチャとはバイバイしよう」
子「じゃあ、これは(災害などで)おもちゃがなくなった子にあげる。それで、(空きができるから)新しいのを買う」
なんて答えが返ってきたりすると、いやいや、そういうことじゃないでしょ!と思うわけです。
今年の誕生日やクリスマスのプレゼントを決めてしまうと、まだその誕生日やクリスマスが来ていないのに、来年は何をもらうか、考えているし!それって、やっぱりちょっと違う…と違和感があるのです。
私の母は大変な「捨て上手・捨て好き」で、ふと気が付くと玩具はなくなっていました。子供の頃のおもちゃは殆ど残っていません。たぶん、小学生以下の頃のものは、全くないです。(唯一残っていたのが、幼稚園時代の「お絵かき」のスケッチブック数冊分でした。これだけは捨てられなかったそうです。でも、それも里帰り出産のときに「ハイ」と渡され、結局、私が写真に撮ってから、処分しました。)
そんなわけで、捨てること、ほぼ全て母がやってくれました。そのせいか?、私はものを捨てるのがとても苦手です。他人のものはわりと客観的に判断できるけど、それでも恨まれたくなくて、あまり捨てたくはありません。
留学して、必要最低限の物だけで生活している他国の留学生たちを見てから、かなり考え方・生活が変わりましたけど、やはり日本の生活はつい物が増えます。
まずは親のものを減らさねば、と思うのですが、
とうちゃんの物が多い、と非難するとかーちゃんのほうが多いだろ、と水掛け論になります。
悔しいので、とうちゃんより先に、身軽になるべく、頑張ろうと思う土曜日の夜です。
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